充之介のほんね(過去ログ)

決断一瞬・虚心坦懐を信条に、日常生活や行司のことについて気ままに綴っていました。

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№14:元祖しゃがみポーズと言えば…

しゃがみポーズが印象的だった第32代木村庄之助さん。
前記事:懐かしの行司さん~part1~

§1.行司名
第32代木村庄之助さんこれは平成17年大相撲秋場所で優勝決定戦を裁いたときの写真です。

§2.基本データ
本名:澤田郁也さん
所属部屋:出羽海部屋
出身県:北海道
生年月日:昭和16年2月16日
初土俵:昭和30年5月場所
十両格:昭和48年1月場所
幕内格:昭和63年1月場所
三役格:平成11年1月場所
立行司 (第33代式守伊之助):平成15年5月場所
立行司(第32代木村庄之助):平成18年1月場所
引退場所:平成18年1月場所

§3.評価シート(5段階)
裁き………■■■■■
掛け声……■■■■■
機敏さ ……■■■■■
発信力……■■■■■
(採点項目・基準)
◎標準点数を3点とする。
①裁き…土俵上の裁きの正確さ
②掛け声…掛け声のインパクト・明朗さ
③機敏さ…所作がきびきび見えるか
④発信力…一般の人に相撲に興味を持ってもらえるような取り組みの有無
現役最後の一番の写真。

§4.改名
木村郁也→木村咸喬第33代式守伊之助第32代木村庄之助


§5.掛け声
制限時間一杯:「っすー」「手をついて」
取組中の掛け声:「はっけよいっ ながったながったながったながった ながーったがったがった」

§6.エピソード
・30代庄之助とともに、第22代木村庄之助最後の弟子。
・平成11年に第29代式守伊之助の休場を受けて急遽三役格昇進。
・軍配には「」。相撲界で「忍」は「おす(忍す)」とも読み、
 力が要らない「引く」に対し、強い意思と力がなければ出来ないのが「押す」であるから、
 「引くのを我慢して押し続けていればいずれは大成する」ということが「忍ぶこと」に通じ、
 庄之助さんもこのことを祈って軍配にしたためたものと思われる(参考:33代木村庄之助さん著「力士の世界」)。
 因みに古語の「忍ぶ」の意味にも「我慢する」という意味が含まれる。
・引退の場となった大相撲トーナメントでは横綱朝青龍から花束を贈られ、長年の労苦を労われた。
・後述するように、最後に裁いた取組は朝青龍―栃東戦で、それ以降日本人力士の優勝者が出ておらず、
日本人優勝者を見届けた最後の行司ということになっている(平成20年3月場所現在)。

§7.特徴・好きなところ32代のしゃがみポーズ。
私が相撲を見始めた頃は前頭上位から小結あたりを裁く行司さんでした。
「はっけよいっ」と最初を短く切るところが好きで、29代伊之助さんの次に好きになりました。
また、勝負が付く直前になると「しゃがみポーズ」をする行司さんで、これが綺麗でした(写真)。





今では「しゃがみポーズ」といえば10代目勘太夫さんですが、私にとって「元祖しゃがみポーズ」はこの庄之助さんです。
同年代の31代庄之助さんとは2年強にわたり庄之助―伊之助という序列で慣れ親しんだ木村姓から式守姓に転じました。
誕生日の関係で31代目が引退した後、一場所だけ庄之助を務めることができました。
その場所は丁度栃東が優勝した場所で、優勝決定戦がある可能性があったのですが、
その裁きは同じくその場所限りで引退する34代伊之助に託すと明言しました。
結局優勝決定戦はなかったのですが、同期への配慮が垣間見られ、とてもできた人だと感じ入りました。
最後に裁いた一番は朝青龍―栃東戦でした。
アナウンス等庶務能力は抜群で、思い返せば30代庄之助・31代庄之助・32代庄之助・34代伊之助
同年代カルテット」は行司として大変優れた「黄金世代」だったなあと思っています。
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  1. 2007/12/16(日) 12:00:00|
  2. 行司名鑑(第二次)
  3. | トラックバック:1

№13:元祖といえば…

私の中での元祖式守勘太夫。

§1.行司名
第30代式守伊之助さん8代目勘太夫さん。

§2.基本データ
本名:竹田(旧姓五反田)文雄さん
所属部屋:井筒部屋
出身県:鹿児島県
生年月日:昭和11年1月2日
初土俵:昭和28年5月場所
十両格:昭和38年11月場所
幕内格:昭和59年1月場所
三役格:平成5年1月場所
立行司 (第30代式守伊之助):平成12年9月場所
引退:平成12年11月場所

§3.評価シート(5段階)
裁き………■■■■■
掛け声……■■■■■
機敏さ ……■■■■■
発信力……■■■■■
(採点項目・基準)
◎標準点数を3点とする。
①裁き…土俵上の裁きの正確さ
②掛け声…掛け声のインパクト・明朗さ
③機敏さ…所作がきびきび見えるか
④発信力…一般の人に相撲に興味を持ってもらえるような取り組みの有無


§4.改名
式守文雄→式守正一郎→第7代式守與之吉→第8代式守勘太夫第30代式守伊之助

§5.掛け声
制限時間一杯:「時間です 手をついて」
取組中の掛け声:「はっきょいのこった なかった なかったなかったなかった」

§6.エピソード
・第28代木村庄之助の引退に伴い、立行司が空席となり、木村善之輔・式守錦太夫と三つ巴の襲名争いをした。
 (写真は左から順に善之輔→勘太夫→錦太夫)
 結果は序列下位の錦太夫に先を越された(詳細は29代伊之助の項を参照)
善之輔勘太夫錦太夫








・立行司襲名争いまでは「はっきょい」を殆ど言わなかったが、この頃から言うようになった。
・29代伊之助が怪我(病気?)で休場したときは、休場力士の関係で三役格ながら結びの一番を裁いた。
・定年退職を前に、式守伊之助を2場所だけ務めた。
・定年後は銀座で地元の鹿児島の焼酎を集めた居酒屋を開いている。
・俳優の毒蝮三太夫は友人である。

§7.特徴・好きなところ
私が相撲を見始めたとき、式守勘太夫を名乗っていた行司さんです。
なので今でも式守勘太夫と言うとこの人が思い浮かびます。
最近やっと9代目の勘太夫さんが定着してきたと思っていたんですが、定年になってしまいました。
10代目勘太夫さんに関してはまだ與之吉さんと言ってしまいます(ごめんなさい!)。
思い出に残っているのはやはり結びの触れですね。
本来はこれが出来る地位は木村庄之助のみなのですが、結びの一番に休場力士が出るとその前の取組が結びにまわります。
そうすると結びの一番を裁くのは式守伊之助。しかし伊之助が休場していたので当時の勘太夫さんが結びの一番を裁いたわけです。
「この相撲一番にて本日のー ぅち止めー」といつもの太い声で言っていたので、
小さい私には「ちどめー」としか聞こえませんでした;
それをそのまま真似たらこれまた家の人に笑われたんですよ。
定年後は居酒屋を開いているとのこと、私が成人するまで続けていらっしゃるか分かりませんが、一度行ってみたいです。
  1. 2007/12/14(金) 12:00:00|
  2. 行司名鑑(第二次)
  3. | トラックバック:1

№12:行司好きの原点

最初に好きになった行司さん。
何でも最初が肝心。この人が私が好きになった最初の行司さんです。

§1.行司名
第29代式守伊之助さん
三役格時代の写真。

§2.基本データ
本名:池田貢さん
所属部屋:春日野部屋
出身県:和歌山県
生年月日:昭和10年8月28日
初土俵:昭和21年11月場所
十両格:昭和36年1月場所
幕内格:昭和52年1月場所
三役格:平成3年1月場所
立行司 (第29代式守伊之助):平成7年1月場所
引退:平成12年7月場所

§3.評価シート(5段階)
裁き………■■
掛け声……■■■■■
機敏さ ……■■
発信力……■■■
(採点項目・基準)
◎標準点数を3点とする。
①裁き…土俵上の裁きの正確さ
②掛け声…掛け声のインパクト・明朗さ
③機敏さ…所作がきびきび見えるか
④発信力…一般の人に相撲に興味を持ってもらえるような取り組みの有無

写真その2.

§4.改名
木村貢→第3代木村善之輔→第29代式守伊之助

§5.掛け声
制限時間一杯:「待ったなし手を降ろして」「手をついて」
取組中の掛け声「はーけよい はーのったはのたー のーこたはーのたはーのたー」

§6.エピソード
・平成5年11月場所を最後に第28代木村庄之助(写真)が引退し、
 既に空位になっていた式守伊之助に加え、名行司なのですが、この人のことはよく知りません。
 立行司が不在となり、当時三役格だった善之輔と
 式守錦太夫(後の29代庄之助)・式守勘太夫(後の30代伊之助)
 の三つ巴で立行司の座を2場所ほど争った。結果は序列下位の錦太夫に先を越された。



・肝機能障害など持病が多く、そのせいか晩年は動きが鈍った。
・土俵下で控えていたとき力士(若乃花か武蔵丸?)が落ちてきて手首を骨折したにも関わらず平然と裁きを行なったことがある。
・骨折か病気で休場したときにに三役格の式守勘太夫(8代目)が結びの触れを行なった。
 これは結びの一番で休場力士が出たためで、もし伊之助さんが出場していれば伊之助さんの結びの触れが聞けたかもしれない。
・現在の行司さんでは木村晃之助や式守勘太夫に掛け声が似ている。
・1場所で3回の差し違えと、立行司にあるまじき失態をしてしまい、厳重注意を受けたことがある。
 そのためか「差し違いの伊之助」と不名誉なあだ名が付いてしまった。
・十両・幕内格時代は晩年の比ではなく、後の29代庄之助を圧倒するくらい冷静・的確な軍配裁きであった。
 (紀州男子さん提供の情報)

§7.特徴・好きなところ
エピソードにはろくな話がありませんが、なぜかこの行司さんが好きになってしまいました。
特徴としては掛け声ですね。老獪ながらもリズミカルな声で、行司といえばこの掛け声が真っ先に思い浮かびます。
土俵上では背中が曲がっていたりよたよたしている場面も何度か見ましたが、もっと若い時代の映像も見てみたいと思います。
行司さんに興味を持ったのもこの人がきっかけなので、個人的には運命的出会いだったかなと思います。
2004年に肺炎で死去したことが悔やまれます。
  1. 2007/12/13(木) 12:00:00|
  2. 行司名鑑(第二次)
  3. | トラックバック:0

№11:古今稀なる逸材の行司さん

勘太夫を襲名した元與之吉さん。
前記事:角界一の達筆・式守與之吉さん

§1.行司名
(第10代)式守勘太夫さん(第9代式守與之吉さん)
式守勘太夫さん所作も綺麗。

§2.基本データ
本名:山敏廣さん
所属部屋:井筒部屋
出身県:鹿児島県
生年月日:昭和23年5月16日
初土俵:昭和39年7月場所
十両格:昭和60年1月場所
幕内格:平成7年1月場所
三役格:平成18年3月場所
立行司(第38代式守伊之助):平成20年5月場所(予定)
本場所での登場時間:5時30分くらい

§3.評価シート(5段階)
裁き………■■■■■
掛け声……■■■■■
機敏さ ……■■■■■
発信力……■■■■■
(採点項目・基準)
◎標準点数を3点とする。
①裁き…土俵上の裁きの正確さ
②掛け声…掛け声のインパクト・明朗さ
③機敏さ…所作がきびきび見えるか
④発信力…一般の人に相撲に興味を持ってもらえるような取り組みの有無


§4.改名
式守敏廣→第9代式守與之吉第10代式守勘太夫

§5.掛け声
仕切り中:「構えて」「腰を降ろして」
制限時間一杯:「時間です」「手をついて」「腰を降ろして」
※平成20年3月場所までは制限時間一杯になると「時間です 手をついて」、待ったの後の2回目は「腰を降ろして」であったが、
3月場所の途中くらいから「時間です 腰を降ろして」が制限時間一杯の掛け声、2回目は「待ったなし」になった。
取組中:「はっけよーい のーこっ たのこっ たのこっ たのこた」

§6.エピソード
・平成12年3月場所から、木村容堂(後に第31代式守伊之助、第30代木村庄之助)に代わって大相撲の番付書きを務める。
勘太夫さんが書く番付。番付その2.番付その3.







・容堂の相撲字と比べると更に太く、字の間の空白が殆ど見えないほどである。
・番付書きの任は平成19年11月場所をもって木村恵之助(現在幕内格)に譲った。
・入門から長らく本名の「敏廣」を行司名で通していたが、
 序列上位の8代目與之吉が9代目勘太夫を襲名したことに伴い、対になっている與之吉の名跡を継いだ。
・更に平成19年の9月場所からは10代目式守勘太夫を襲名した。
 今後の成り行きよってはこれが当面の勘太夫襲名の最終となる可能性も(後述)。
・愛用の軍配には「初心研」という字句がしたためてある。
ただ、別の軍配も何種類かあるようで、最近はそっちの方がよく使われている。
・勝負がつきそうになると腰をグッと降ろして両者の足を凝視する。この「しゃがみポーズ」が印象的(後述)。
・夏用装束は爽やかなブルーのものが印象的で、涼しげである。
與之吉時代の写真しゃがみポーズ。







・平成20年には立行司昇進が有力で、実現すれば約5年という現37代伊之助を凌駕する長期間務めることになる。
・平成19年11月場所では立行司昇進に先立ち、休場力士の関係で本来式守伊之助が担当する「これより三役」の触れを行なった。
これより三役

・平成20年1月、鹿児島県枕崎市の「かつお節大使」に任命された。因みに任期は2年。

§7.式守勘太夫という名跡に関して
勘太夫さんは今年9月場所から先代の後を受けて10代目を襲名しました。
この名跡は伊勢ヶ濱部屋と井筒部屋の行司が対で襲名し、片方の部屋が與之吉を名乗ればもう片方が勘太夫という案配です。
ただ、序列上は 勘太夫>與之吉 で、この順序は崩せません。
しかし伊勢ヶ濱部屋が平成19年1月限りで消滅したことに伴い、
当時在籍していた三役格の9代目勘太夫は桐山部屋へ、十枚目格の式守錦之助は高島部屋へ移籍し、現在片方が空席です。
そのため私はこれで式守與之吉・式守勘太夫という名跡を目にすることは当面ないのではと懸念しています。
平成19年12月に安治川部屋が伊勢ヶ濱部屋になり、そのようなことはないかとも思いましたが、一門の系統が大きく異なり、
且つ在籍行司もまだ序ノ口格であることから、早期の復活は難しいと思われます。
現在私が考える式守與之吉襲名の有資格者は、
 
 ◎式守憲吾(序ノ口格、現・伊勢ヶ濱部屋所属)
 ○式守鬼一郎(十枚目格、先代勘太夫が行司人生最終年に所属した桐山部屋所属)
 ◎式守錦之助(十枚目格、元・伊勢ヶ濱部屋所属、現在は高島部屋所属)
 △木村寿行(十枚目格、伊勢ヶ濱部屋と同じ立浪一門の大島部屋所属)
 ×木村玉治郎(幕内格、立浪一門の立浪部屋所属)
 △式守錦太夫(幕内格、立浪一門の宮城野部屋所属)
 ×木村庄三郎(三役格、立浪一門の大島部屋所属)

可能性の高い順に◎→○→△→×です。
式守勘太夫を名乗ることの出来る立浪一門をリストアップ。
新旧の伊勢ヶ濱部屋に所属している(していた)行司さんが一番可能性が高そう。
…なのですが、現在の格や部屋の事情、現在の名跡との関連を見ると直ぐには難しそうです。
実現するとすれば、現役時代、立行司昇進前に式守錦太夫を名乗った29代庄之助の推挙で
木村吉之輔が異例の式守錦太夫を襲名したのと同じように、
直近で勘太夫を名乗っていた30代式守伊之助さんか9代目式守勘太夫さん、或いは現勘太夫さんが
誰かの式守與之吉襲名推挙をする方法が最も近道のように思われます。
ただ式守錦太夫は特定の部屋に縛られているわけではない名跡なのでこれはあまり参考にならないかもしれません。
與之吉・勘太夫は気に入っている名跡なので残してもらいたいです。

§8.特徴・好きなところ
番付書きを務める達筆の行司さんです。
それだけでなく、掛け声や所作にも優れており、歴代立行司にひけをとりません。
土俵上の裁きも軽やかで、力士の邪魔になるような局面はまず見られません。
特に気に入っているのは「しゃがみポーズ」。力士が土俵際に行って勝負がつきそうになったときの姿勢です。
過去の行司さんでは第31代木村庄之助さん・第32代木村庄之助さんなどがよくこれをやっていました。
この行司さんのそれも綺麗なものです。
5年の長きに渡り立行司を務めることが予想されますが、それだけのものを備えた行司さんだと思います。
最近では今年の九州場所千秋楽でこれより三役で予定されていた魁皇―千代大海戦が不戦になったので、
「これより三役にございます」の口上を担当しました。いつもながら明朗ないい声だったと思います。
立行司に昇進し、機敏な土俵裁きを見せてくれるのが楽しみです。

§9.充之介との関わり
平成20年春場所2日目に観戦した際、「いつもテレビで応援してます」と言うと
「写真撮ろうか?」と気さくに話しかけてくださり、付け人(木村秀朗さんかな?)にカメラを渡して一緒に写って頂きました。
初対面なのに快く接してくださり、感動しました。
帰りがけにはかつお節大使の話題になり、「枕崎のかつお節買ってな」と言われましたw
勘太夫さん、本当に有難うございました!
  1. 2007/12/12(水) 17:00:00|
  2. 行司名鑑(第二次)
  3. | トラックバック:0

№10:艱難汝を玉とするか?

一時話題になった玉光さん。
前記事:まだまだいる個性派行司さん

§1.行司名
(第16代)木村玉光さん
木村玉光さん。

§2.基本データ
本名:上田延秀さん
所属部屋:放駒部屋
出身県:京都府
生年月日:昭和25年2月27日
初土俵:昭和40年7月場所
十両格:昭和63年1月場所
幕内格:平成11年1月場所
三役格:平成19年9月場所
本場所での登場時間:5時15分くらい


§3.評価シート(5段階)
裁き………■■■
掛け声……■■■
機敏さ ……■■■■■
発信力……■■■
(採点項目・基準)
◎標準点数を3点とする。
①裁き…土俵上の裁きの正確さ
②掛け声…掛け声のインパクト・明朗さ
③機敏さ…所作がきびきび見えるか
④発信力…一般の人に相撲に興味を持ってもらえるような取り組みの有無


§4.改名
木村延秀→木村信英→木村信孝→第16代木村玉光

§5.掛け声

制限時間一杯:「待ったなし」
取組中:「なかったなかった」
仕切り中の様子


§6.エピソード
・先代の襲名者が死去するなどジンクスのある玉光の名跡を平成18年から継いでいる。
・玉光の名跡は第34代式守伊之助が光彦・光之助時代に継ぐはずだった名跡だったが、結局実現しなかったという経歴を持つ。
・平成19年11月場所で、呼び出し・勝ち名乗りのときに「朝赤龍」を「朝青龍」と3回も間違え、注意された。

§7.特徴・好きなところ
「エピソード」に書いたように、九州場所で大きなポカをやらかして一時有名(?)になりました。
しかしいつもは庄三郎さんと同じく無難な土俵裁きなので、
これをバネに「艱難汝を玉とす」るくらいの気概をもって頑張ってもらいたいです。
所作は淡々とした感じです。 
取り組み中よりも仕切り中の掛け声や呼び出し声のイントネーションのほうが私は気に入っています。
数少ない京都府出身の行司さんです。
余談ですが、私の友達で行司では玉光さんが一番好きだという友達がいます。
  1. 2007/12/12(水) 12:00:00|
  2. 行司名鑑(第二次)
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*沿革
平成17年10月19日に開設しました。
平成20年1月1日に凍結しました。
平成21年4月23日に移転しました。
*おことわり
ホームページ内の写真の無断転載は、
これを固くお断りいたします。
また、諸事情により一部を除いて
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一日の最高195人(2007年9月17日)。

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第29代木村庄之助(未)
第29代式守伊之助(済)
第30代式守伊之助(済)
第30代木村庄之助(未)
第31代木村庄之助(未)
第32代木村庄之助(済)
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第34代木村庄之助(済)
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